子宮卵巣摘出術

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3つの術式

子宮卵巣摘出手術には大きくわけて3つの手術方法があります。

腟式手術

腹部には全く切開を加えずに、膣より手術器械を入れて子宮とその付属器を摘出する方法です。
腹部に切開を加えないため、この手術方法が最も身体負担が少ない方法です。

ただし、FTMの多くの方は分娩経験や膣を通した性交渉が少ないことが多いため、手術難易度は高くなります。 そのため、事前の検査によって適応があるかどうか判断します。

腹腔鏡手術

腹部に4箇所ほど小さい切開(全て5mmポート)を加えて、その傷口よりカメラ・手術器具を入れて子宮とその付属器を摘出する方法です。

腹部には小さいものの、傷が残ります。傷は筋肉や周辺組織も通過していますので術後の痛みも腟式手術に加えると出現しやすくなります。
ただしこの後説明する開腹手術よりは傷口が小さいため一般的には『低侵襲手術』と呼ばれています。

開腹手術

腹部に1箇所(通常は下腹部の横切開)10cm程度の切開を加え、子宮とその付属器を摘出する方法です。

先にあげた、『膣式手術』や『腹腔鏡手術』が困難と考えられる事例において選択されます。 例えば巨大筋腫が存在するとき等です。
侵襲の度合いは高くなりますので、術式を選択する際は第一選択としない方が良いです。

以上、3つの術式:腟式手術・腹腔鏡手術・開腹手術について説明しましたが、目的は全て同じで「子宮およびその付属器」を摘出することです。目的を達するためのアプローチ方法が異なると考えて下さい。

02

術式の選択方法

基本的には当院では手術を受ける方へ最も侵襲(ダメージ)の少ない『膣式手術』を第一選択とします。しかしながら、上述したようにこの手術の手術難度は高く、希望者全員に出来ますと約束できるものではありません。

手術を希望される方はまず診察で状態を確認した上で、腟式手術予定で問題ない可能性が高いかどうかを判断します。

診察では下記の要素を検討して術式を決定していきます。

身長・体重・年齢・膣の狭さの程度・膣の長さ
合併症の有無・開腹手術歴の有無
子宮異常の有無・付属器異常の有無
筋腫があるのであればその場所・大きさ
卵巣異常があるのであれば部位・性状・大きさ
子宮頚部/子宮体部の長さ・大きさの比
子宮頚部円蓋のサイズ・大きさ
周辺靭帯の柔軟性

主にこれらを総合的に判断します。

03

各手術について

腟式手術
手術時間
30分~1時間半程度
麻酔方法
脊髄くも膜下麻酔+静脈麻酔(手術中に意識はありません)
痛みの程度
目の覚めたあと数時間はほぼ無痛です。その後に重いような感じ、手術翌日には強い痛みのある方はほぼいません。内服の鎮痛薬も必要ないことがほとんどです。
腹腔鏡手術
手術時間
1時間〜1時間半程度
麻酔方法
全身麻酔+ブロック注射、適宜硬膜外麻酔追加(手術中に意識はありません)
痛みの程度
目の覚めたあと数時間はほぼ無痛です。その後に重いような感じ、手術翌日は腹部の傷に少し痛みがあります。1週間程度続きますが鎮痛薬でコントロールできる程度がほとんどです。
開腹手術
手術時間
1時間〜1時間20分程度
麻酔方法
全身麻酔+ブロック注射、適宜硬膜外麻酔追加(手術中に意識はありません)
痛みの程度
目の覚めたあと数時間はほぼ無痛です。その後に痛みが出ますので、適宜注射薬で痛みのコントロールを行います。
手術翌日にはリハビリのため離床を開始します。痛みは強く続く場合がありますので点滴薬や内服薬でコントロールします。
痛みは退院後も続きます(2〜3週程度)ので内服薬でコントロールします。咳やくしゃみ笑ったときなど腹筋に力が入ったときなど特に痛みが出現しやすいです。
手術におけるリスク・合併症に関して
すべての手術にはリスクや特有の合併症があります。
子宮卵巣摘出術においては、「出血・感染症・術後疼痛・創部離開・他臓器損傷・使用薬剤によるアレルギー反応・術後腸閉塞・下肢深部静脈血栓症・肺塞栓・その他術中偶発症の発症」などがあります。
FTXの方:ホルモン補充療法を希望しない。戸籍上の性別も変える必要がない場合。
性自認が中性あるいは無性であり、毎月の月経が精神的に辛いという状況の方に対しては『子宮摘出』のみ行うことが可能です。
子宮を摘出することで月経は完全になくなります。卵巣を温存することでホルモンは保たれますので、術後にホルモン治療を行う必要はありません。

歴史と経緯

膣式手術の歴史

腟式子宮全摘出術はPorgesの綜説によると1813年にLangenbeckが最初に実施している。その後19世紀の後半に多くの実施症例が報告され,1934年にHeaneyは565例の多数の実施症例を報告している。

このように腟式全摘出術の歴史は古いが,一般に本術式は子宮脱のような限定された症例にしか実施してない施設が多い。しかし腟式手術は女性性器が小骨盤内にあることから産婦人科医にとって有利な手術ルートで可能な症例には実施すべき術式と考えられる。

腟式子宮全摘出術の利点は腹部切開創がないため腹壁瘢痕が欠如する。術後の腸管癒着,腹膜炎あるいはileusは腹式手術より少ない。術後の腹部の術創痛が無いため痛みが軽度で治癒が早いために入院期間が短いことなどがあげられる。腟式子宮全摘出術の術式には若干の改変によって種々の方法が行われている。

参考文献 臨床産科婦人科

当院で腟式手術を行うようになった経緯

私、院長の三枝が以前総合病院に勤めていたときのことです。当時、産婦人科の手術は「開腹手術(帝王切開・子宮摘出・巨大筋腫・筋腫核出・巨大卵巣腫瘍など)」あるいは「腹腔鏡手術(子宮摘出・卵巣腫瘍・子宮外妊娠など)」で行っていました。

『膣式手術の歴史』でも記載されている通り、子宮脱のような限定された症例においては私も日々『腟式手術』を行っていました。

膣式手術は「子宮脱」のように膣から子宮が出た状態においては非常に行いやすい手術方法です。

そんな中、ある一人の患者さん(10cm程度の子宮腺筋症)に出会いました。症状も辛く、薬でもなかなか改善が見込めなかったため手術をする話になりました。するとその患者さんから「腟式で手術してほしい」という相談を受けました。色々と情報を調べてそういう方法が存在し、なおかつ私が「膣式手術」を行っていると知っていたのでそういう相談をされたのです。ただその当時私は子宮脱のみ「腟式手術」を行っていたので、同じ「腟式」とはいっても、「子宮腺筋症」の手術は難易度も全く別物になります。そのことを正直に患者さんに話しました。

それでもなんとかしてほしいと懇願されたので、他産婦人科医師と相談した上で病歴から完全に行うのは困難ではないこと、を確認し手術することになりました。癒着の程度によっては(腺筋症は内膜症ですので強い癒着があることがある)術中に術式変更し「開腹手術」となる予定でした。

結果手術は無事問題なく終わりました。

術後患者さんには感謝され泣いて喜ばれ抱きしめられました。

このとき自分の中で「術式の考え」に対する変化が明確に起こりました。

「術式の選択」でこんなにも喜ばれる。
こんなにも喜ばれる手術方法が廃れていっている背景は?
なぜ産婦人科医なのに学べるチャンスが少ないのか?
そもそも自分含め医者は患者さんのこと(特に術後のこと)を本当に考えているのか?

様々な疑問が浮かびました。

可能であるならば、手術を希望される患者さんには、「最も侵襲の低い方法」で手術を提供してあげたい! そういう思いが募りました。

そんな中、「深江レディースクリニック」という石川県金沢市のクリニックの存在を知りました。深江司先生が平成3年に開業されたクリニックです。

深江先生は故遠藤幸三先生(名著と言われる実地婦人科手術の著者)に師事した産婦人科医です。この深江先生は腟式手術を得意とした遠藤先生の流れを汲み当然のように腟式手術を得意としました。

腹腔鏡の黎明期においても何例かの腹腔鏡手術を行ったものの、腟式手術で行える手術を腹腔鏡で行うことはナンセンス(腹腔鏡はより高度の侵襲を与えるため)であると断じて、安易に腹腔鏡手術への流れに与することなく患者さんの立場になって最も良い手術である腟式手術を数多く行われました。

深江先生は安易な腹腔鏡の流れに反対していたため、腟式手術を産婦人科の医師5名ほどに教えたそうです。ただ誰も習得はせず、腟式手術を行わなくなったそうです。

しかし、その評判の高さから深江先生の腟式手術を受けるため多くの患者さんが金沢へと手術を受けるために向かいました。

その後も深江先生は、腟式手術の適用をFTMの方へと拡大していきました。FTMの方の手術が難しいところは前述しましたが、深江先生はFTMの方の手術を約900例程度行った後、ご高齢ということで手術を引退されました。

私は深江先生が引退される前に運良く、深江先生の事を知りました。そのため弟子入りを志願し東京から金沢まで足掛け二年程度、多いときは毎週通って腟式手術の理解を深めていきました。

手術方法は非常に難しいものの、翌日には歩いて帰れる患者さんを見たときに本当に素晴らしい術式であり、学ぶ価値のある手術方法だと確信しました。

その後徐々に手術件数を増やし現在に至っています。

教えて頂いた術式を大事にしながら、改善できるところは改善しより安全に手術ができるようスタッフ一同研鑽しています。